黒、赤、白、黒、赤…赤。
スーツの黒、床の白、血の赤、白くて赤い眼球。



―――死は当然の報いだ。



こんな男、寧ろ、なるべく苦しまないように死なせてやったのだから。


いくらこの世界の言葉を学んでも、連中を罵るための言葉には足りなかった。
人体コレクション、世界七大美色、人の命より美しいもの。
よく、分からない。分かりたくもない。
ああ、血が赤い。血とはこんなにも赤いものだっただろうか、床が白いせいか、スーツが黒いせいか、
わからない。
何もわからなくなっていく。
何がこの世界の常識なのか、非常識なのか。
下衆は連中なのか、それとも自分なのか。この世界なのか。
血と毒を孕んだこの手は徐々に思考をも侵していく。
揺るがないのはこの憎しみと目的のみ。
しかし、いつの間にか、怒りが風化していないことへの安堵も感じなくなっていた。
風化するどころか徐々に積もっていく憎しみはいつしか人としての心すらも復讐の餌食とした。


今のクラピカは復讐者ではなく殺人鬼だった。
そう、自分自身すらも殺したのだ。










やさしく歌って









黒いコンタクトの裏で赤く染まった目で、足元に転がっている男を見おろした。

父が生きていれば、同じくらいの年齢だろうか。
クラピカはうつろに思った。だからどうという話ではない。
この男とは闇オークションで知り合い、同様の趣味を持つ人間を装って近づくと、
疑いもせず、二つ返事でクラピカを自宅へと招いた。

この世界で生きていくようになり、いつしかクラピカは、相手の人となり、趣味嗜好を、
少しの会話と瞳の色で判ずることができるようになっていた。
相手によって性別を変え、声を変え、言葉づかいを変え、服を変え、髪を変える。
必要に応じて他人になりきる。
もはや昔の自分ではない。だからといって今の自分でもない。
そして、誰でもない自分に。

緋の目を所有するコレクターたちはじつに多種多様だった。
若い女、年老いた男、美しい者、醜い者。
同性愛者、サディスト、マゾヒスト、とても口にするのを憚られる者。
この世界の縮図のようなもの、一見して普通と変わりはないのかもしれないが、
一人として例外なく性根は腐った連中ばかりだった。
少なくとも、クラピカから見れば。

金をつんで解決できるうちはまだいい。
緋の目と引き換えに、身体を要求されるうちはまだ優しいほう。
耐えられるうちはよかった。
同胞のために、ほとんど捨てた自尊心でさえ耐えることができなかったとき、
クラピカは所有者を殺した。
この世界には下衆が多すぎた。
次第に殺すことを何とも思わなくなっていった。




ホルマリン漬けの一対の緋の目が入った鉄製の箱を胸に抱え、クラピカはその館を後にした。
さして広いわけでも、豪奢なわけでもない、ごくありふれた一軒家。
この緋の目を手に入れるために全財産をはたいたらしい。
普通の人体収集家とは違っていた。この緋の目の所有者はことに腐っていた。
目がえぐり取られたときの苦悶を想像するととてつもなく興奮するらしい。
ご丁寧に当時の新聞記事の切り抜きまで一緒に保管されていた。



―――間違いない。



この緋の目は。
認めたくないけれど、確かにそうだ。
私の身代わりになったがゆえに弱くなった視力のせいで、彼は…
彼の瞳は、緋色に染まりきらない。

だから、非常に高額で取引されるはずの緋の目だが、なんとか手に入れることができた。
そう、この男は言っていた。
濁った色でも緋の目にはかわりはないから自分には関係なかった、とも。

苦悶の死を遂げた挙句、安値で取引されたパイロの目。
死に値段をつける気はない。高額だから良いわけでも到底、ない。
ただ、彼の瞳の欠陥品のような位置づけと、
安価であるがゆえに様々な下衆どもの手を渡ることとなった事実が、
そのことが、クラピカは我慢ならなかった。


確かに、彼の、パイロの瞳は緋色と言うにはあまりに赤みを帯びていなかった。
どちらかといえば、朱色に近い。
彼は穏やかな性格であるがゆえに、怪我をする前からあまり緋の目にはならなかった。
稀に、なったとしても、緋色になりきるまえ、朱色で終わってしまうことが多く、
それもほとんど一瞬でひいてしまう。
まるで、あっというまに空の色が変わってしまう秋の夕暮れ時のように尊く美しかった彼の瞳。



―――もう、その美しさを知るのは私だけでいい。
その、本当の価値を知るのも、私だけ。
二度と、他の誰にも渡すものか。



争いを好まなかった、心優しい親友がクラピカに残していった唯一のもの。
それを忘れまいと、受け継ごうとして、優しくいようと思っていられるうちは良かった。
クラピカは善人にはなりきれなかった。
この腐った世界では善人でいる必要もなかったのかもしれない。
ハンター試験で出会った友人たちとは少しずつ疎遠になっていった。
彼らは手を差し伸べてくれた。それを払いのけたようなものだった。
変わってしまった自分を見られたくなかった。
人を殺しても、性根まで汚れきることができなかった。
だから、こんな自分は見られたくなかった。
半端な自分に対しても反吐が出そうだった。



―――今の自分は蜘蛛と何も変わらないのかもしれない。



ふと過ぎる、そんな考えに、彼らに再び会ったら、気付かされてしまうような気がしていた。




”本当はもう気付いているんでしょ?”



悲しげな、懐かしい声が鼓膜をかすめる。
また聞きたいが故に記憶の片隅が聴かせる幻聴。



”今のクラピカは―――”




「殺人鬼」




赤く、暗く、歪んでいた視界が急激に現実の色を取り戻した。
はっとすると同時に、全身から汗が噴き出してきた。
今のは幻聴か、それとも。

闇オークションの最中だった。
ヨークシンで開かれるような大規模なものではない。
収集家たちのコミュニティで定期的に開催される、フリーマーケットのようなもの。
彼らがひとしきり愛でたものを、また新たな人体を得るために出品する小遣い稼ぎのオークション。
なので、世界規模のオークションに比べればかなり"良心的な"価格で競り落とすことができる。



「四千五百万ジェニー、他にはいませんか?」



進行役のその言葉で、クラピカはようやくここがオークション会場であることを思い出した。
競りにかけられている緋の目。
辛いことだが、先月手に入れた目よりもよほど赤く美しい緋の目だ。

ああ、一体誰の。
今度はいったい、誰の?



「一億!」



クラピカは手を挙げ、声を張り上げた。

それまで、一千万、あるいは百万単位で競られていた緋の目の価格の桁が一瞬でかわり、会場はどよめいた。
諦めの溜息もなかには混じっているようだった。
進行役もこれ以上はないだろうと思ったのだろう。
さして間をおかずに、拍手をした。



「一億ジェニーにて落札です。おめでとうございます」



会場から拍手が沸き起こった。
この瞬間、いつも思う。一体何に向けた拍手なのだろう、と。
この中に一人でも、どんな思いで落札しているか知る人間がいるのだろうか。



「おめでとう」



まだ鳴りやまぬ拍手のなか、隣の男がそう声をかけてきた。
年の頃はクラピカと同じか、少し年嵩か。
よほどこのような闇オークションに足を運ぶような年齢にも人格にも見えなかった。
優しげな目をしている。
初対面の人間に対して必ず警戒心を抱くクラピカにも、そう思わせる風貌であった。


それは、彼の黒髪が、穏やかな口調が、死んだ親友に似ているからだろうか。


ふと、クラピカは緋の目落札前に聞こえた言葉を思い出した。
殺人鬼。
あれは、この青年が、言ったのだろうか。



―――私に向かって?



一瞬、背筋にナイフが滑ったような冷たさを感じた。



「でも、気をつけて」



拍手が鳴りやみはじめると、青年は少し声色を落とした。



「最近、人体収集家を標的にしたシリアルキラーがいるらしい。
 あまり今のような目立つ競り落とし方は避けた方が良い。
 たとえばこの中に、その殺人鬼がいないともかぎらない」



青年は会場内を見渡した。
そう思うと、この会場内の全員が殺人鬼に見えてこない?
そう言って。

ああ。
クラピカは思った。



―――その殺人鬼とは、おそらく私のことだろう。



黒いコンタクトに更に影がおちる。
そんな噂がたっているのか。気をつけなければ。
緋の目の持ち主だけを狙っている、ということまで知られてなければいいのだが。



「殺人鬼、か…」



クラピカは前に向きなおり、会場を見据えた。



「私にはこの会場の人間全員が、敵に見えるが、な」



そう、青年の言葉に返す。
少し間をおいて、青年がふっと笑った。



「そうだね。競合相手は皆ライバル、いわば敵みたいなものだね」



そう言い、青年も前に向きなおる。
その気配を感じ、クラピカは彼に気付かれぬよう、その横顔を盗み見た。



―――似ている。



死んでしまったはずの幼馴染に。

分かっている。彼であるはずがない。
先月、まごうことなき彼の瞳を手に入れたばかりなのだから。


しかし、一度似ていると感じてしまうと次々と共通点を探してしまうのをやめられなかった。
黒髪、やや目じりの下がった大きな目、色の白い肌。
幼馴染は自分より小柄なくらいであったが、
目の前の青年は腰かけていても自分より背が高いことがうかがえる。
声は…声は、生きていたらきっと…
足のけがは?視力は。



「なに?」



前を向いたままだったが、
青年はまじまじと見入られていることに気がついたようで照れたように苦笑した。
気付かれぬように少しだけ、と思っていたのに、
視線を外すことも忘れてしまうほど彼を観察してしまっていた。



「いえ」



クラピカも彼とおなじほうを向く。
オークションも終わりに近付いているようだった。



「すまない」



平静を装いながらも胸中はさざ波立ったままだ。
頭が、眩暈がするほど痛い。

分かっている、パイロなわけがない。
他人の空似だ、私は成長したパイロを知らない。
この男に、彼の面影を無理やり重ねているだけ。
でも。





パイロ…パイロ。パイロなのか?





ずっと一緒だと約束したのに、パイロ。
パイロはどうして―――










to be continued.
20130725.




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