「ハッピー・バースデー。クラピカ」
≪…ありがとう、レオリオ≫
「なあ、今日こそは約束どおり、出てこれるんだろ?」
≪…そのことなんだが、連絡しようと思っていた。
…すまないが、今日も出られそうにない≫
電話の向こう側で、あまりにもあっさりと言い放ったクラピカに、つと、身体のどこか、
神経か血管かが、切れた感覚がしたのを、今でも覚えている。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
その頃、緋の目の情報を仕入れては、それを求めて全国を飛び回っていたクラピカ。
その時も、今はもう破綻した取引先の社長から、
お近づきの印にと緋の目をプレゼントされたという男に近づいているときだった。
元々、人体収集の癖がある男ではなく、緋の目も超高価な贈り物だと知りながらも、
インテリアとして飾るにもどうにも悪趣味に思えてならない、
と困ったように笑っていたという話を、
レオリオはクラピカ自身からも聞いていた。
クラピカは、心の優しい青年の手に渡っていた緋の目にほっとしたようで、
いつもより穏やかな状態で事を運んでいたのを覚えている。
財閥当主だというその男の顔は、電脳ネットで名前を検索しただけで、すぐに分かった。
当主というにはまだ若すぎる、端整な顔立ちをした青年だった。
≪レオリオ、本当にすまない。この埋め合わせは必ず…
今日はどうしても外せないんだ。緋の目を一対、奪還することができるかもしれない≫
「…あの色男がバースデープレゼントにくれるとでも言ってんのか?」
思わず、意地の悪い言葉が口をついて出てしまう。
嫉妬は醜い。そうと分かっていても、理性で割り切れぬことがある。
ここのところ、ずっと会う約束をキャンセルされ続けていた。
あの男から緋の目を奪還するため。
旅行へ行く約束も、公開が待ち遠しかった映画を観に行く約束も。
イワサキ財閥から緋の目を奪還するため。
イワサキリュウジから、緋の目をプレゼントしてもらうため。
一言目にも、二言目にも、イワサキ、イワサキ、イワサキ、リュウジ。
彼女は次第に、リュウジの名を呼ぶ自身の声が柔和になっていっていたことに、
気付いていただろうか。
≪………≫
押し黙るクラピカ。図星、ということか。
レオリオは自嘲気味に笑った。
「そうか。今夜は俺とじゃなく、イワサキリュウジと過ごすってわけだな」
彼女にとって、どんなに緋の目が重要なものなのか、理解しているつもりだった。
今回のターゲットが、あんな若い、しかも眉目秀麗で、性根も優しい男でなければ、
あるいはこんなむきになることもなかったのかもしれない。
≪レオリオ、イワサキ氏とは、おまえが思っているようなことは、一切無い。
読書と古代史という共通の趣味があったというだけで……
あ…飛行船の最終便で、夜が明ける前にはそっちへ戻るようにする。約束する。
だから、すまない。今日だけは…わかってくれ≫
悲痛な声で言うクラピカ。
彼女が今居る国から、レオリオの住む国まで、
最短の手段でも、丸半日はかかることが分かっていた。
彼女は相当、譲歩している。いつもだったらレオリオが、
じゃあ中間地点で落ち合おうと提案するところだった。
それが思い浮かばなかったのは、彼女の都合で会えない日が続いたからだ。
彼女は少しも自分との時間を作る努力をしてくれていない。会おうとすら言ってくれない。
らしくもない、そんな卑屈な思いが、彼女との距離をより遠ざけていた。
「…わかんねえか?クラピカ。今日はお前の」
誕生日なんだ。イエス・キリスト聖誕祭なんかよりも、よっぽど重要な日なんだ。
それでも、クリスマスだって、お前の都合で会えなかったけれども。
この間の、俺の誕生日だって。
それすらも一緒に祝えないで、俺たちは、
どうしてこんなに無理をしてまで、一緒にいようとしているんだ?
≪レオリオ…分かってる。全て終わったら、全ての埋め合わせをする。
今日のことも、お前のバースデーも。クリスマスも≫
「その全てが終わるのはいつだ?俺はいつまで待てばいい。
お前が、緋の目の為とはいえ他所で他の男と過ごしてるのを、
俺はいつまでこんな気持ちで待ち続けていればいいんだ」
電話の向こうで、クラピカが言葉を詰まらせているのがわかる。
本当は、こんなことを言いたいんじゃない。
自分もできることなら、緋の目の回収を手伝ってやりたかった。
けれど、自分には医者になるという夢がある。
クラピカに、緋の目の回収と、旅団への復讐という目標があるように。
これはお互いに譲れない、譲ってはならない部分なのだ。
もし、諦めてしまったら。途中で投げ出してしまったら、
あのハンター試験での二人の会話や思いが全て、嘘になってしまう。
彼女の、緋の目に対する思いを知っている。
だからこそ余計に、手を貸せないことがもどかしかったし、そして、イワサキリュウジのように、
図らずも彼女の手助けをすることになる男には、言いようの無い嫉妬を覚えたのだ。
≪レオリオ、私は≫
「すまないが、しばらく距離をおかせてくれ」
そう言い、一方的に電話を切り、携帯の電源を落とした。
その後、夜明け前に再びクラピカと会うまでの間のことは、あまり覚えていない。
否、忘れたという言い訳をするつもりではないが、おぼろげな輪郭しか、思い出せないのだ。
ただ、ハンター試験を受ける以前に交際していた女が、
今付き合っている恋人と喧嘩をしたとかで、アパートに転がり込んできた。
そして、お互いの身の上に起きたことを打ち明け合い、お互いに過ちを犯した。
思えば、自分の周囲には、気はいいが、
気の多い連中ばかりが集まっていたように思う。類は友を呼ぶ。
それとも、フランクな付き合いをしたがる国民性か。
―――何をやってるんだ、俺は。
昔の恋人との一線を再び越え、全てが終わった後のベッドの中で、レオリオは途方に暮れた。
あてつけにもなりゃしない。恋人に相手にされない、寂しい者同士の傷の舐め合いでしかない。
しかし、たとえそんな傷の舐め合い程度のことだったとしても、クラピカが知ったら。
「………」
少しは軽蔑するのだろうか。悲しんでくれるのだろうか。
あるいは、全てが終わる。終わってしまうのか。
「……リンダ、起きろよ。送ってくから」
「その女性を送っていくのか」
不意に、玄関のほうから聞きなれた声がして、はっとした。
よく、まだ念を完璧にマスターできていないレオリオをからかうように、
気配を断って部屋に忍び込んできた。
本当に心臓に悪いからやめてくれと頼んでも、これも修行の一環だと言ってやめなかった。
クラピカの悪戯な笑顔。
―――そうだ。クラピカはたとえ俺から言い出した約束を反故にしても、
自分から言い出したことを守らないことはなかった。
自分から、会いたい、と言い出すことがなかったのは、
必ずしも約束を果たせるとは限らないから。
確かに、電話の向こうで言っていた。
夜が明ける前にはこっちへ戻ってくる。約束する。と。
「クラピカ…」
その後に、言葉が続かなかった。
何を言っても、言い訳にしかならないだろう。
この上、更に失望されるようなことは、したくなかった。
「その前に、私を空港へ送り返してくれ」
そう、消え入るような声で呟いたクラピカの瞳は、熱っぽく潤み、赤く染まっていた。
語尾が震えていた。しかし、意志の強さをうかがわせる、力強い声だった。
「ん…どうしたの、レオ…」
瞼を擦りながら、リンダが起き上がった。
はっとして、リンダに気をとられた一瞬のうちに、クラピカは姿を消していた。
まるで、幻を見たかのようだった。そう、思い込みたかった。
隣で、リンダが何事かと問い詰めてきたが、彼女のことをその後どうしたかは覚えていない。
どのようにして、クラピカの後を追ったのかも。
ただ、ぼんやりと、記憶に残像を残している。
見たことも無い泣き方で、叫び方で、取り乱していたクラピカの姿を。
もう駄目だ、駄目になってしまった、と。そう叫んでいたのを。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
全てを語り終えた。
幾分、気持ちが軽くなったような気がした。
クラピカと別れ、キルアには諌められ、ゴンからは一時避けられていた。
自分なりの言い分を話せたことで、少し、罪の意識から逃れられた気がした。
始終、難しい表情で聞いていたゴンは、それを崩さないまま、冷めたコーヒーに口をつけた。
「話してくれてありがとう、レオリオ」
複雑な心境を滲ませた声で言う。
カップを置くと、重いため息をつき、毛量の多い頭髪をかき上げた。
何か言葉を探っている様子だった。
暫し時間が流れたあとに、でも、とゴンは切り出した。
「確かに、クラピカがなかなか会おうとしてくれなくて、
それが猜疑心に繋がっちゃったのは分かる。
俺が同じ事をされても、きっと寂しいし、辛いって思うだろうから。
イワサキさんとの関係を疑ってしまった気持ちも分かる。
俺も、何もないはずの相手に、嫉妬心を抱くことはあるし」
そこまで言うと、意味深な視線をレオリオに投げかける。
しかし、それは一瞬のことで、ゴンは再びテーブルに視線を落とした。
「でも、何もないかもしれないのに、ただ寂しいとか、愛されてないかもしれないとか、
そういう自分の思い込みから、他の人とその…寝たりするのは、なんでなの?
距離を置きたいって言っても、別れようと言ったわけじゃない以上、
二人は恋人同士だったんでしょ?
レオリオはクラピカのこと、好きだったんだよね?ちゃんと大切に思ってたんだよね?
しかもその、寝た相手が昔の恋人っていうところに、俺は物凄い…裏切りを感じる」
ゴンは、そのときのレオリオとクラピカ、イワサキ氏、リンダ、
そして自分自身の相関図を机上に思い浮かべるように、
黒い液体を湛えたカップを、じっと見つめた。
「ミトおばさんが教えてくれた俺の好きな言葉に、
その人を知りたければその人が何に対して怒りを感じるかを知れ、っていうのがあるんだけど。
クラピカと会えないことに怒りや苛立ちを感じるのは分かる。
でも、その怒りにまかせて過ちを犯すことまで、俺は理解できない。
俺の考えを押し付けたくはないけど、俺ならクラピカを傷つけるようなことはしたくない。
折れそうな自分の心を守るために、他の女の人と寝るなんて、できないよ。
恋人がいる以上。裏切りはできないし、
俺ももしクラピカが俺を裏切ったとしたら…たぶん、許せない」
ゴンは再び、まっすぐにレオリオを見た。
「そしてクラピカも、俺と同じだと思う。
裏切りはしたくないし、仮に俺がクラピカを裏切ることがあったら、
レオリオのときと同じように、きっと俺を許さないよ。
でも俺はクラピカが本当に大好きで大切だし、クラピカ以上の人はいないと思ってる。
失いたくないと思うから」
ふたたび、重いため息をつく。コーヒーに波紋が広がった。
「クラピカを疑わないし、たった一夜の過ちさえも、犯そうとは思わないけどね」
ゴンの辛辣な言葉に、レオリオはキルアの言葉を思い出した。
『相手の行動に裏切りを感じるように思えてならなくなるのは、
相手の行動を自分に当てはめて考えてるからだよ』
キルアは決して、レオリオの過ちを理解しようとはしなかった。
理解できなかったのではない。理解したら、暗いほうへ堕ちていってしまうからだ。
理解してしまえば、自分も同じ過ちを犯すようになってしまうかもしれない。
それは、大切なものを失うための近道といえる。彼は、そこまで軽率ではなかった。
『連絡くれないのは男と会ってるからだ。
自分から会おうと言い出さないのは、すぐ隣に別の男がいるからだ。
仕事が忙しいとか、相手なりの事情があるとか、他にも色々理由は考えられるはずなのに、
悪いほう悪いほうに考えちまうのは、自分が連絡をしない時とか、会うのを避ける時に、
別の女に会ってるっていう前科があるからだと思うぜ。違う?』
そのとおりだった。
クラピカを愛してる。たとえ他の女たちと何回、寝たとしても。
他の全ての女を切り捨てなければクラピカを勝ち取れないと言われれば、
切り捨てることもできたろう。
しかし、それを強要されないうちは、そうすることはできなかった。
何故と問われても答えようがない。自分はこういう男だからとしか言いようがなかった。
そして、自分の周りも、クラピカたちと出会う前は、
あまりそういう道徳的なことにとらわれないたちの人間たちが全てだった。男も、女も。
“これ”を、そこまで重大なことととらえてはいない。
不倫や浮気が一般に忌み嫌われているものだということも頭では理解している。
人を傷つける行為だということも分かっている。
それでも、理性で止められることではなかったのだ。理屈では言い表せない。
ゴンやクラピカのような、クリーンな人種には、一生かかっても理解されまい。
猜疑心に苛まれた時、他の身体で自身を慰め、猜疑と不安とを昇華させる。
何もせずに悶々とするよりは、そうしてすっきりすることのほうがよほど利口といえる。
それがレオリオの育った環境が彼に与えた考えであり、
自分の辛さを軽減するために、他者を傷つけるような行為をあえてするべきではない、
という考えを持っているのが、ゴンやクラピカであった。
「そろそろ、行こう。随分予定が狂った。キルアが心配だ」
ゴンは、そう力ない声で言い、ゆるりと立ち上がった。
レオリオなりの言い分を、理解することができるかもしれない。
その考えを打ち砕かれたことに対する、絶望が含まれた声だった。
聞いているものを苦しい気持ちにさせるため息を何度もつきながら、
ゴンはクラピカの眠る寝室へと向かっていった。
そんなゴンの後姿を見ながら、言葉を失ったレオリオは自問していた。
俺はそんなに、非人道的な人間なのだろうか。
ゴンやクラピカが、神がかって潔癖にすぎるような気がした。
ゴンの言葉に、はじめて、嘘くさささえ感じたほどだった。
本当に、あの二人は、たった一人の相手に安堵を覚えていられるのだろうか。
不安を覚えたときは、どうやってそれを解消している。
話し合いだけでは拭いきれない、疑心を。
レオリオには、クラピカが自分と長らく約束を反故にし続けていた間に、
彼女が自分以外の誰にも心が揺らがなかったなどとは、信じられなかった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
仕事を終え、雑役たちは自分達の住まう家へと歩みを進めていた。
普段と変わらず、同僚たちと雑談しながら、ジャンは心中穏やかでなかった。
この家を抜け出す計画を練らなければならない。極密に。
この家の細緻にわたる情報を持って仕事を離れることを、
あのサイボーグ女が、果たして許すかどうか。
心もとなかった。まして、自分は裏口就職したくちだ。
真っ向から申し出たところで却下されるか、その場で殺されるかのどちらかのように思えた。
やはり、秘密裏に抜け出すしかない。
家が間近に近づいたときだった。
「あれ…おかしいな、ドアが開きっぱなしだ」
「おいおい、中番の連中しっかりしろよ」
自分よりも幾らか年下の、
しかし使用人としては先輩にあたる同僚たちの声を聞き、ジャンは顔を上げた。
暮れかかった空の赤い色と、森の木々の落とす漆黒の影とで、
いやな色合いを生んで佇む、その木造の家。
「なんか…いやあな感じがしねえか」
「ああ。生き物が殺された気配はねえのに、濃厚な殺意の気配が残ってる」
下っ端の使用人とはいえ、こうしてゾルディック家に仕える身だ。
ジャンと違い、表の門を叩いた正式な使用人であれば、
それくらいの気配が伺える程度の実力は備わっているだろう。
「一体、何なんだろうな…」
「嫌な殺意だぜ。あえて隠そうとせず、まるで見せ付けるように残された気配だ。
俺らを脅すためのような…正直、こんなふうに勝手に暴れて、
なおかつこんな気配を残せるのは」
主様たちのうちの誰か、としか考えられないけどな。
ジャンは、ごくりと喉を鳴らした。
同僚たちは、そこまで言っていながら、躊躇わずに家の中へと入っていく。
おそらく、自分達に与えられた居場所は、ここしかないからであろう。
あるいは、相当肝が据わっているのか。ジャンは同僚たちの後に続いた。
「うわっ、こりゃひでぇ」
「鍵が全部ぶち壊されてやがる」
「部屋の中はどうだ」
「いや、鍵以外はなんも変わってねえみたいだ」
「そういや、俺の部屋もそうだ」
「俺たち下っ端の雑役の部屋にめぼしいものなんかありゃしねえって。
ましていいモン食ってるぼっちゃまたちから見れば、尚更よ」
「一体、何が目的だったんだろうなぁ」
そんな同僚たちの声を聞きながら、ジャンは震えが四肢に生じるのを禁じえなかった。
「おーい、ジャンのおっさん、あんたの部屋は大丈夫だったかぁ」
そう、遠い部屋から明るい声で問いかけてくる者がいた。
ジャンは、目の前の光景から視線を外さずに、答えた。
「いや……特に、何も……」
すると、やっぱりなぁ、何もないとある意味怖いな、と言ったその男の言葉を最後に、
同僚たちは全員、自室へ引っ込んでいった。
ジャンは感じていた。そう、殺しなどについてはズブの素人であっても、
この気配に気付かぬわけがない。
この部屋に残った、異様なまでの憎しみと執念のオーラは、ジャンの萎びた肌を鋭く突いた。
羽毛の枕とベッドは無残に羽を撒き散らし、その上に紙幣が山を作っていた。
破壊された箪笥やデスク。殺意の対象者への凄まじいまでの憎悪がありありと表れていた。
床に手帳が落ちていた。やはり、見られた痕跡がある。
侵入者は、一人しか考えられなかった。
様々なものが壊され、機能を失った中で、唯一、見覚えの無い、新しいものを見つけた。
サイドテーブルの上に置かれたワインボトル。ぱっと見にも、そこそこ上等のものだとわかる。
良く見ると、その下にはメモが置かれているようだった。
震えの止まらぬ手で、サイドボードの近くへ歩み寄り、ボトルを手に取った。
もう片方の手でメモ用紙を取り、目を近づけてそこに書かれた文章を読んだ。
ジャンの心が、ほんのわずかだが、和らいだ。
庭師のオスカーだろう。庭師のくせに、ヤク中で、いつも手を震えさせ、酷い字を書く男。
密かに、この庭というにしては広大なこの土地の隅で、麻薬を栽培しているらしい。
今回は金の変わりにワインを用意して、ヤクの取引をしようというわけか。
ジャンは、しかし、と思った。
できるだけ近いうちにずらからないとまずい。
けれど、オスカーはいいカネづるだ、なんとか関係は繋ぎとめておきたいもの。
どうしたものか、と考えながら、気をしずめようと、
ジャンはワインのコルクを空け、ふた口ほどを口に含んだ。
どのみち、やばくなったら何もかも捨てて逃げるよりほかない。
しつこいようだが、死んでしまっては元も子もないのだ。
こんなところでくたばるわけにはいかない。
離れて暮らしてはいるものの、俺には娘も、可愛い孫もいる。
ひとつ、大きな稼ぎを得て、二人に良い暮らしをさせてやりたい。
夫に逃げられ、女手ひとつで娘を育て、肉親とはいえこんなしがない老いぼれのために、
身体を駄目にするまで働きづめに働いた娘に、恩返しをしてやりたかった。
見たことも無いような大金を持ち帰り、もう働く必要なんかないと、言ってやりたかった。
金があれば、あれを病院に連れて行ってやることもできる。
さて、オスカーには薬のほかに、どんな情報を売るとするか―――
ジャンの思考はそこで途切れた。
to be continued.
20080920
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