「うっひょー!」


キルアは、聞いているほうが愉快になってくるような声をあげて、軽快に港に降り立った。


「なっつかしいな!二年ちょっとぶりか?変わんねーな!」

「キルアは来たことがあるのか」


キルアに続いて、クラピカが降りる。
キルアは、おう、と答えた。


「前にゴンと一度、な、ゴン!」


クラピカと一緒に降りてきたゴンは、ぼんやりと、どこか一点を見つめていた。
キルアは目を据わらせ、溜息をつこうとして、ぎりぎり思いとどまった。
折角、必要以上に明るく振舞っているのに、ゴンの耳には何も届いていないらしい。


「ゴン、キルアが」


クラピカは、そんなゴンの様子を見て、
二人が喧嘩でもしたのかと思い、そう気遣って言った。
ゴンは、ようやく我に返り、慌てて顔をあげた。
なに、と、心ここにあらずといったふうに、言う。


「ごめん、聞いてなかった」

「おいおい、頼むぜゴン、折角おまえの故郷に帰ってきたんだからさ!元気出せよ」

「どうしたんだ、ゴン。まさか船酔いでもあるまいに」


つっかかるように言うキルアを制して、クラピカはそう心配そうに言う。
キルアはそんなクラピカの背中に向かって、舌を出した。
元はと言えば、あんたが悪いんだよ、あんたが!

ゴンは無理に笑って、首を振った。


「ううん、なんでもないよ!
 しばらく帰ってなかったから、ミトさんに怒られるかもなあと思って」

「それは、怒るかもしれないな」


クラピカはくすくすと笑って、ゴンの頭を、ぽんと叩いた。
どうやらクラピカは、ゴンの頭を撫でるのが好きらしい。


「ゴンの育ての親なのだろう、母親として、
 息子の成長を間近でつぶさに見ていられないのは、とても辛いことだよ」

「…うん、そうだよねえ」


ゴンは自嘲気味に乾いた笑いを漏らしながら、俯いた。

キルアはそんな二人の背後で、やれやれ、と肩を竦めていた。
溜息もつきたくなるというもの。
ゴンの恋路は、親友として応援半分、からかい半分に見守ってきていたが、
こうも辛そうなゴンを目の当たりにしてしまうと、
どうやらふざけてもいられないらしい。

すると、そんな三人に、二人組の男が気さくに声をかけてきた。


「やあ、クラピカ、そちらが君の言ってた友達かい?」


クラピカはその声に、弾かれたように振り返った。心なしか、琥珀色の瞳が輝いている。

二人の男は、言わずもがな、ザックとコーンローの男だった。
キルアは聞こえないように舌打ちをし、ゴンは反射的に、さっと一歩下がった。

クラピカの唇が、好意的に笑みをかたどる。


「ザックか。ああ、私の友人の、ゴンとキルアだ。そちらは?」

「ゴン君とキルア君か。こいつは」

「ウィルだ。よろしく、クラピカ」


ウィルと名乗った男は、精悍な顔に笑みを浮かべ、クラピカに握手を求めた。
ザックも、ゴンとキルアに手を差し出す。
ゴンは、曖昧な表情でそれを受け、
キルアは、にやっと笑って軽く会釈しただけで、それには応えなかった。

ウィルのほうは、そんなキルアの態度を見て、何か妙だと思ったらしい。
ザックは困ったように笑って、言った。


「…黒髪の彼は随分かわいい友人だね。いくつ年下なんだい?」

「五つも下だが、とても頼りになる子だぞ」

「五つ“しか”かわんないよ」


ゴンは初めて、苛立ちをあらわにして、そう言った。
これには、クラピカもしまったと思ったようで、取り繕うように笑う。
ザックも慌てて、話題を変えようとしたが、ウィルはそれを遮るようにして、言う。


「キルア君のほうは、ゴン君よりは年上かな?
 クラピカと二人で並んでると、友人同士には見えないな」


皮肉っぽく言うウィルに、キルアは挑発的に笑って、クラピカの肩に手をまわした。


「恋人同士に見える、って?」


クラピカは目を見張って、キルア、と強い口調で咎める。
ザックは絶句し、ウィルは額に血管を浮き上がらせた。
ゴンも驚いて、キルアの腕をつねる。

いてっ、と声を上げて、キルアは慌ててクラピカを解放した。
そして、敵意に満ちた目でザックとウィルを睨みつけ、ぶーっ、と言った。


「ざーんねーんでした!恋人じゃなくて、姉弟でーす」


騙された二人をあざ笑うかのように、ふざけた口調で言い、鼻を鳴らしてそっぽを向く。


「な、なんだそうだったのか」

「ほー、確かに言われてみれば似てなくもないな」


ウィルは、姉をとられると思った弟が嫉妬しただけか、と妙に納得し、
ザックは、ほっと胸を撫で下ろした。
クラピカは慌てて言った。


「違う、姉弟でもない、本当に友人なのだよ、年も五つ違いでゴンと同じだ。
 …まったく、どうしてお前はそんな意味のない嘘をつく」


クラピカに頭を小突かれ、キルアはまた、いてっ、と声を上げて、首を竦めた。
踏んだり蹴ったりだ、と言いたげに頭と腕をさすっているキルアに、
真横から、ゴンの突き刺さるような視線が投げかけられる。
どうやら、先程のクラピカに対する行動を怒っているらしい。

キルアは、他の三人には聞こえないように、
あのどんくさそうな男をちょっとからかってやろうとしただけだ、と言った。


そんな二人をよそに、
ザックとウィルの二人はサークルの仲間に呼ばれるまで、クラピカと雑談していた。
手を振りながら別れを告げ、二人が仲間達と合流するのを見届けると、
クラピカはようやくゴンとキルアのほうに向き直った。
頬が上気して、瞳が潤んでいるように見えた。


「さて、待たせてしまってすまなかった、二人とも」

「ううん、大丈夫」

「けっ、あの程度の男に声かけられたくらいで浮かれるなんて、なってねーぜ」


ゴンは気丈にも笑顔を見せたが、キルアはあからさまに不快そうにして、踵を返す。
そんなキルアを、クラピカは特に咎めはしなかった。


「ああ…私らしくないかもな」


寧ろ、そう、浮かれているということを認める言葉を口にする。
勿論、この言葉がゴンの胸にぐさりと刺さらぬわけもなく。
キルアは、しまった、と口を噤んだが、
いちいちそんなことを気にしながら会話をしなければならない、
そのことを苛立たしく思い、反省を取り消す。

折角遊びに来たのに、何故、いちいち苦い思いをしなきゃならないんだ。
俺は、手っ取り早い女を見つけて、
ひと夏のアバンチュールを楽しみたいだけだ…っていうのは半分嘘で。半分は本当だけど。
だって、ゴンがクラピカと、そういうつもりなら、
俺だって誰か…という気持ちにもなるじゃないか。
だのに…


キルアは困ったように、隣のゴンを見てみた。
案の定、良くも悪くも感情豊かなゴンは、クラピカに見えないのをいいことに、
どんよりとその表情を曇らせていた。

キルアは、ふう、と鼻で息をつく。



鈍感なクラピカも悪いけど、もたもたしてたおまえも自業自得だぜ、ゴン。









どうして…









どうやらゴンは、また連絡もせずいきなり帰ってきたらしい。
三人を出迎えたミトは、キルアとクラピカににこやかに挨拶を済ませると、
まず、ゴンを叱りだした。

親同然の叔母へ二年間も顔を出さずにいたともなれば、ミトの怒りは至極当然だが、
今のゴンへの叱責は追い討ち以外の何物でもないので、キルアは慌てて仲裁に入る。


「まま、ミトさん、俺たちも大変だったんだよ、いくつもの死線を潜り抜けてきたんだぜ、
 今回もなんとか時間を作れたようなもんで…なっ、クラピカ?」


キルアはクラピカを振り返ると、それまでミトに見せていた笑顔を一変させ、
話合わせろよ、と凄んだ表情で口を動かした。
クラピカは、ほんの一瞬、焦ったような様子を見せたが、
すぐに、キルアに習って、頷いた。


「あ、ああ。え…と、ミトさん。私もゴンには何度も助けられましたよ。
 ハンター試験だって、彼のおかげで受かったようなものです。
 今回はこの島の祭りに合わせて時間を捻り出した様なもので…ええと」


あながち嘘ではないのだけれど、
つい最近まで二人の動向を詳しく把握していなかったクラピカは、
なんと答えたら言いか分からず、しどろもどろになる。
キルアは呆れて、舌打ちをしそうになったが、諦めるとまたミトに向き直った。


「ま、そーゆーこと!あ、そうだ、何か手伝うことがあるなら言ってよミトさん、
 いつもタダ飯食らいじゃ悪いし」

「あら、そう、悪いわね、
 それじゃあとりあえず洗濯しちゃいたいから、ゴンと一緒にお風呂に入ってくれる?」


なんとかその場を取り繕ったキルアだったが、ミトの言葉に焦る。
隣で、たった今までしょぼくれていたゴンを見てみると、恥ずかしそうに頬を染めていた。
そんなゴンを見て、キルアは半ば呆れながら、説明をするために、また口を開く。


「あっ、あー、ミトさん、よく間違えられるんだけどね、うしろの金髪は、一応女だよ?」

「一言多くないか、キルア」


滑らかな頬をぴくりとさせ、クラピカが笑顔でキルアに圧力をかける。
二人のやりとりに、ミトはきょとんとして、言う。


「あら、そんなこと分かってるわよ。やあね、
 男の子に間違えたりなんかしないわよ、こんなに綺麗な人なのに」


ねえ、とクラピカに向かって微笑みかけるミトに、
クラピカは、はあ、と気の無い返事をしたが、
その表情は、まんざらでもなさそうに綻んでいた。


「ほらほら、男の子二人は早く着替えて!クラピカさんはお勝手を手伝ってくれる?
 ゴンもこんな人とお友達になってたなんて、案外隅に置けないのね…って、
 ほら二人とも、ぼーっとしてないで早く着替えるの!十秒以内!!」


捲くし立てるように言うミトに、相変わらずだなとゴンはほっとしながらも、


「そんなこと言ったって、さすがにクラピカの前で着替えるわけにはいかないでしょ!
 待っててってば!」

「相変わらず肝っ玉母ちゃんだなぁ、まだ若いのに」


ばたばたと、隣の部屋に駆け込む二人をよそに、クラピカとミトは台所へ下がる。


「それじゃあ悪いんだけど、お昼ごはんを作るの手伝ってくれる?お料理はできるかしら?
 もしわからないことがあったらおばあちゃんに聞いてね、私はちょっとお洗濯してくるから、
 戻ってきたら私も手伝うわ。ごめんなさい、お客様に手伝わせちゃったりして。
 今日はお祭りの準備も手伝わなきゃならないから、忙しいのよ」

「あ、はい」


色々なことを一息に話され、どこに返事をすればいいのか分からなかったが、
とりあえずクラピカは相槌を打った。
ミトは微笑むと、また忙しく台所を出て行った。
その後姿を見ながら、クラピカは自分の故郷のことを思い出した。
母親、か。ゴンが真っ直ぐに育ったのも頷ける。

クラピカは微笑み、台所の奥にいるゴンの祖母に挨拶をして、手伝いますよ、と言った。



一方、一緒に風呂に浸かりながら、二人はまた浮かない顔をしていた。


「ゴン、おめーまだ落ち込んでんのかよ、
 いくらクラピカと一緒に風呂に入りたかったからって」

「なっ、べっ、べつに俺はそんな」

「顔まーっかにしてたくせにー!ゴンのドスケベ!ミトさんに言ってやろ」

「や、やめろよキルア!」


からかうキルアにゴンはむきになって、エルボーをかけた。
ぐえ、と喉からわざとらしい声を出して、キルアは抵抗する。


「いてっ、いてて、おい、やめろよ!男と風呂場で戯れる趣味はねーよ!
 俺だってできればクラピカと入りたかったっつーの!」

「なっ…ス、スケベはどっちだよ!クラピカに言ってやろーっと!」

「言いたきゃ言えよー、あのカタブツがどんな顔するか見ものだぜ!」


二人はひとしきりじゃれ合うと、やがて疲れて、どちらからともなく、手を止める。
ぜいぜいと、肩を上下させながら、キルアはふと、笑みを作る。


「な、なんだよ」


またからかわれる、と思い、ゴンは身構える。
キルアは、上気した頬を手に預け、浴槽のへりに肘をついた。


「…いや、やっと本当に笑ったな、と思って」


そう言ったキルアに、ゴンは少し複雑な表情になる。


「…ごめん、気を遣わせちゃってたんだね、俺」

「けっ、今更気付いたのかよ」


キルアは悪態をついたが、すぐに不安げに眉を顰め、ゴンを見た。


「けど…まじしっかりしろよ、俺だってあんないきなり現れた男にクラピカ持ってかれるのは嫌だよ、
 俺はお前だから応援してるんだからさ、頑張ってもらわねーと困るぜ」

「…てゆーか」


ゴンは考え込むように、俯いた。


「くじら島に着いてからずっと思ってたんだけどさ、
 もしかしてキルア、クラピカのこと好きなの?」


思いがけないゴンの言葉に、キルアは頬杖を外し、はあ?と、腹の底から声を出して、目を丸くした。
そして、今度は呆れたように肩を竦め、溜息をついて、言った。


「どーして、そーなるんだよ?
 いやもし、そのことがお前の気を悪くさせてたんなら謝るけどさ」

「いや、そんなんじゃないけど…だって、クラピカの肩を抱いたり、
 俺よりクラピカとお風呂に入りたかったって言ったり、今だって、
 まるで本当はクラピカを誰にも渡したくないみたいな口ぶりで」


ゴンは考え込んだ。

クラピカの恋人と見られたキルア。対して、『随分かわいいお友達』と言われた自分。
もし、キルアがクラピカを恋の対象として見ていたとしたなら、自分は全く勝ち目が無いと思った。
クラピカと同年代と思われるあの二人が、自分を『随分かわいいお友達』と見たのなら、
クラピカもまた、そう見ているということを、暗に言われている気がしてならなかった。


「あっ、あー、いやっ!ごめん、俺もそう取られても仕方ないようなことしてたんだな、ごめん」


キルアは額に指を当て、かぶりを振った。


「深い意味はないよ、あん時も、
 あの二人のことが生理的に気に食わなかったからああいう態度をとっただけだし、
 風呂だって、男と入るよりゃ女と入りたいだろ、普通に考えて。別にクラピカじゃなくてもさ。
 お前だから応援してるっていうのはさ、
 やっぱりああいう素性の知れない連中をクラピカに近づけるのは危険じゃん、
 もしあいつらがクラピカの生い立ちを知ったらどうなる、緋の目の闇市場での取引額を知ったら、
 それこそ目の色変えちまうかもしれないだろ。そん時一番傷つくのはクラピカだしさ」

「…なら、いいんだけど…」


まだ納得のいかないような顔をしているゴンに、キルアはやれやれ、と息をつくと、
ずい、と身を乗り出して、ゴンの顔を覗き込むようにして睨みつけた。


「言っておくけどな、もし俺がお前の惚れた女を好きになっちまったら、
 いくらお前が相手でも手加減しねーぜ。
 そうなった場合、 俺はおまえに譲る気は絶対にないし、
 お前が譲るつっても認めねえよ。
 そん時は真っ向勝負するぜ。それが友情ってもんだろ」


ゴンは、丸い目を更に丸くしてキルアの話を聞いていたが、
やがて、ぷっと吹き出して、自分の考えの浅はかさを笑うかのように、眉を八の字にした。


「そうだよね、ごめんキルア」
「分かりゃいーんだよ、分かりゃ」


キルアは照れたようにそっぽを向いた。

ゴンは、聞いてみるかどうか迷ったが、思い切って口を開いた。


「あのさ…キルア」

「んー?」

「…キルアから見て、クラピカってどう?」

「…どうって、女として、ってことか?」

「うん、そりゃ」


キルアは首をかしげて唸り、考え込むような仕草を見せて、言った。


「そーだなー…整った顔だとは思うけど…俺には色気が足りねーかな。
 今までだって男と間違えられることがほとんどだったろ。
 まー好みって人それぞれだし、気を悪くしないで聞いて欲しいんだけどさ」

「あ、ううん全然、それは分かってるから大丈夫」


キルアやレオリオと違い、お色気系の女性が苦手なゴンは、笑って手を振った。
キルアは、でも、と言って、視線を上に上げた。


「あいつの肌と髪は綺麗だと思うぜ。ルックスの好みは分かれるところだけど、
 綺麗な肌と髪が嫌いな男っていないだろ。
 その点では余裕で合格ライン超えてるね、クラピカは」


そう言い、ざば、と湯船から腰を上げた。


「それにあいつ、珍しく男に間違われなかったろ、
 あのザックとウィルって男もそうだし、ミトさんもさ。
 確かにちょっと、前とはオーラっつうか、
 雰囲気が違うなとは思ってたんだけどさ。調子狂うよな」

「本当に狂わなきゃいいけど」


ゴンは懸念するように言って、キルアに続いて腰をあげた。
キルアは苦笑した。


「まあまあ、俺はお前にした宣戦布告どおり、クラピカよりイイ女を見つけるとするよ」


二人が浴室から出ると、リビングのほうから、懐かしい手料理の匂いが漂ってきていた。









to be continued.
20081007




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