僕のお姉さん




飛行船のラウンジで、パドキア共和国へ向かっているときだった。
クラピカとレオリオは、ハンターライセンスを使えば一番良い個室に案内されるはずだったのに、
俺がライセンスを使おうとしないと分かると、
二人も三等客室でかまわない、と言って、ライセンスの提示を拒否した。

なんだか悪いことしちゃったな、と思ったけれど、
クラピカは、慣れない上等の部屋にいたって落ち着かないだけだ、とフォローしてくれた。
だからといって、大勢の人が雑魚寝している三等客室が落ち着くような場所であるはずもなく、
俺とクラピカはこうして、昼の間はラウンジで過ごしていた。
ちなみにレオリオは、よほど疲れていたのか、まだ眠っていた。

二人並んでベンチに座っていても、特に何を話すでもなかった。
俺は外の景色を飽きずに眺めていたし、クラピカはずっと何かの本を読んでいた。
沈黙が重たく感じないどころか、心地よくさえ感じる。
ミトさんといるときの感じと、ちょっと似てる。
これって、女の人が持つ特殊能力かなんかなのかな、
なんて思って、時々クラピカの横顔を盗み見ていた。

時間のたつのを忘れて、じっと見入ってしまうこともあった。

クジラ島はアイジエン系の人種が多くて、キルアやクラピカのような、
シルバーやブロンドみたいな、派手な髪色の島民は、いなかったような気がする。
俺はあまり自分の見た目とか、他人の見た目を気にしたことはなかったけれど、
ずっと、当然のように黒髪に黒い瞳の人とばかり接してきた俺には、
シルバーやブロンド、青い目、スミレ色の目、
というのは、なにか特別なステイタスのように思えた。

ふと、俺の視線に気付いて、クラピカが顔をあげた。
俺はどきっとした。
クラピカの目は、ごくありふれたブラウンだったけれど、
これが、感情が昂ぶると、燃えるような緋色に変わる。
今はもう世界に二人といない。クラピカだけのステイタス。
けれど俺には、その緋色はクラピカを捕える炎の牢獄のように思えた。

ブラウンの目が、優しげな色を纏う。



「どうかしたのか、ゴン」

「あ、ううん、なんでもないよ」



俺は何となく恥ずかしくなって、慌てて目をそらした。
パタン、とクラピカが本を閉じる音が聞こえた。



「退屈だったかな。すまない、本に集中してしまって」

「ううん、俺もずっと外の景色見てたんだ。
 俺、ハンター試験を受けるまでクジラ島を出たこともなかったから」



俺はあの小さくて暖かい島のことを思い出した。
ミトさん、どうしてるかな。そうだ、試験に受かったこと、連絡しなくちゃ。



「俺にはあの小さい島が全てだった。他にも沢山の国があることは知ってたけど、
 どこの大陸もクジラ島と同じ大きさなんだと思っていたこともあったくらいだったんだ。
 だからこうやって少しずつ、色んな国のことを知っていきたいと思って」



そう言った俺に、気配でクラピカが微笑むのがわかった。



「…私も同じだ、ゴン。四年前までは、私にはクルタの里が全てだった。
 外界との接触はご法度だったが、恥ずかしいことに、私は特に好奇心が強いたちで…
 親や族長の目を盗んでは、里の外に繰り出し、禁忌を犯そうとしていた」

「クラピカが?信じられない!」



俺は笑って、こっそりと里を抜け出そうとする小さなクラピカを想像してみた。
かわいいだろうな、そんなクラピカのことを考えてみると、
今、目の前にいるクラピカの隙のない雰囲気が、
かえって嘘のように思えた。



「だが、あたりが薄暗くなり、魔獣の鳴き声が聞こえてきたりすると、急に恐ろしくなってな。
 鳴き声のしないほうしないほうへと走っていくうちに、気がついたら迷子になってしまって…
 血眼になった両親に探し出されては、酷く叱責を受けたものだった」

「そんなクラピカ、見てみたいなあ」



今は叱責をする側なのに。隣のクラピカを見てみると、当時の両親の形相を思い出しているのか、
項垂れて、落ち込んでいる子供のようだった。
その後俺が知ることになるクラピカの無鉄砲さは、
そんなところに由来しているような気がした。



「まあ、私も迷子になることが減り、
 今更のように叱ってくれる人の有難さというのを身にしみて感じているよ」



そう言い、少しの間、郷愁に似た寂しさがあたりを漂ったときだった。
ふと、クラピカの視界に影をおとす人物が、俺たちの前にあらわれた。

クラピカは、視界に入ってきたのが、子供の足だったので、
不審そうにというよりは、不思議そうに顔をあげた。

そこには、帽子のつばを後ろにしてかぶって、なにかロボットのような人形を手にして、
途方にくれた表情でクラピカを見下ろす、小さい男の子の姿があった。



「…?どうしたんだ?」



クラピカが極めて優しい声で問いかける。
こういうときのクラピカの声は、女の人そのものだ、と俺は思う。
本当に、安らげる、柔和な声を出す。



「ママと、はぐれちゃったぁ」



そんなクラピカの声に急に安堵したのか、男の子は泣きそうな声でそう言った。
クラピカは、同情と困惑を滲ませた息をつき、立ち上がった。
男の子の頭を、慰めるように、ぽんぽん、とたたく。



「それは困ったな。心細いだろう。機内放送を流してもらおうか。よし、一緒に来なさい」



そう言い、男の子の手をとった。
男の子はロボットを左手にもちかえ、右手でクラピカの手を握った。



「うん」



男の子の小さな手を、クラピカはいとおしそうに、指先で握っている。

実は、こんなことは初めてじゃあなかった。
この飛行船に乗る前も、空港で、気がついたら隣に見知らぬ男の子がいて、
にこにこしながら、クラピカをじっと見つめていた。

クラピカは最初はやっぱり困惑した様子だったけれど、
元来子供が好きなたちらしく、かまってやっていた。
どうしたんだ、パパとママは、と問いかけても、まだ言葉もしゃべれない子供は、
遊んでもらっているんだと勘違いして、きゃっきゃと喜んでいた。

レオリオも子供が好きらしい。たまにちょっかいを出して、子供もそれを喜んでいたが、
どうも子供はレオリオよりクラピカが気に入っているらしく、
すぐに飽きて、クラピカのほうへと戻っていった。

レオリオはそんな子供を見て、けっエロガキが、と悪態をついていて、
俺は、ああなんだ、レオリオもちゃんと気付いてたんだな、と、ちょっと意外に思った。
クラピカが女性であることに気付いているのは、俺とキルアくらいだと思っていたから。

でも、そうだよなあ、男の人にしては声も高いし(女の人にしては低いんだろうけど)、
何より、立ち上るオーラみたいなものが、否応なしにクラピカを女性だと告げてくる。
俺やキルアからすれば、気付かないほうがおかしいくらいで、
それでも男で貫き通せていると思い込んでいるクラピカの姿は、
ある意味一番おかしいんだけれど。

そのときは、やがてその小さい男の子の母親が現れて、
構ってやっていたクラピカにお礼も言わず、男の子を抱いてそそくさと立ち去っていった。


俺は、ふたたび現れた迷子の男の子と、その子と手をつないでいるクラピカの背中とを見て、
正直、複雑な気持ちになっていた。

なんて言ったらいいのかわからないんだけれど、
クラピカの優しさを嗅ぎ付けて寄ってくる子供たちも、
そういう子供たちに構っている間は、周りが見えなくなってしまうクラピカも。
なんとなく、嫌だった。


機内放送が功を為し、その子の母親はすぐに見つかった。
母親は何度も、クラピカに頭を下げていた。
去り際、母親に手を繋がれながら、男の子は振り返り、大きな声で、
おねえちゃん、またね!と言った。

その男の子の言葉に、クラピカはぎょっとしたように肩を竦めた。
手を振りながら、隣にいる俺に向かって、弁解するように言う。



「おかしな子だな。あの子の目には私が女性に映っていたらしい。
 それに、また会う事など、きっとないのに…」



俺は、あんな小さな子にまでばれてしまったクラピカの男装
(これも男装というほどのものには思えないんだけれど)と、
それを取り繕うクラピカの言葉に、おかしくなって吹き出してしまった。


また会う事など、きっとない。


その言葉に滲んだ束の間の寂しさに、
俺も迷子になってみようかな、と不謹慎なことを考えてみた。
クラピカは、血眼になって俺を探してくれるかな。




fin.
20080922




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