「よぉ、久しぶりだな。クラピカからの連絡、来たか?」

『久しぶり!来たよ、どうしたのかな、急に…クラピカからなんて、珍しいよね』

『しかも直接会って話がしたいなんて、間違いなく重要な話だよな。嫌な予感しかしねー』


少しだけ顔立ちが大人び、変声期にを経たゴンとキルア。
そして、ほぼ、というか全く見た目の変わらないレオリオの三人は、液晶越しに会話していた。

便利な世の中になったものだ。
スマートフォンのグループ通話で何人も同時に話ができる、ビデオ通話であれば顔も確認できる。
それでも未だに頑なに通話アプリのアカウントは愚か、メールアドレスも教えようとしないクラピカ。
仕方なしに、クラピカ抜きでこうしてミーティングを開いて数年ぶりに四人揃うための予定を立てているというわけだ。
言い出しっぺはクラピカだというのにも関わらず、だ。


クラピカの話はこうだ。

大事な話がある。三人には電話やメールではなく、直接会って話がしたい。
集合場所はレオリオの都合を最優先したい。彼の受け持つ患者に迷惑をかけたくないからだ。
一分一秒を急くわけではないが、出来るだけ早く都合をつけてほしい。
会う場所は人が多すぎず少なすぎない場所が好ましい。平日の複合型商業施設などだ。
こちらの都合で何かと条件付きで申し訳ないが、頼んだ。


「…どう思うよ?この注文の多さ…」

『平日の複合型商業施設など…って。結構具体的だよね』

『四人だけで会うと緊張するとか?人目があるほうが話しやすいってことか?』


なんか俺も緊張してきた。と、キルア。
とりあえず、俺とキルアがレオリオの国に行くよ。と、ゴン。
俺の受け持つ患者に迷惑をかけたくないってことは、少なくとも話が済んだらすぐ帰るってわけじゃなさそうだな。と、レオリオ。


「『『うーーーーーーん………』』」


暫し三人とも同じ表情をして唸った。
やたら条件を提示してくるわりには、クラピカがどういう話をするのかはまるで見当がつかない。
とりあえず提示された条件から日程等こちらで決めて、話を聞いてしまうよりほかなさそうだ。

クラピカへはメールアドレスを知っているゴンから集合場所と日時の連絡をしてもらうことにし、グループビデオ通話は終わった。


暗くなった液晶画面に自身の顔が映り、レオリオは空を仰いだ。
空もまた夜の帳が落ち、白い星が瞬きはじめていた。


この国に、クラピカがやって来る。
そう思うと様々な感情に、胸がざわついた。









四人の不完全な父たち










「あ、きたきた、レオリオ―!」


両手をぶんぶんと振る仕草は以前と変わらずどこか子どもっぽい。
それでも背丈が伸び、逞しい身体つきになり、声も少し低くなったその姿に感慨深いものを覚えながら、レオリオも手を上げて応えた。

そんなゴンの半歩後ろを歩くキルアもまた成長しているはずだったが、
ゴンより少し高かったはずの身長は彼に追いつかれてしまったらしい。
線の細さを感じる猫のようにしなやかな体躯と、色素の薄い髪色と、宝石のような碧眼は、
やや人外めいて美しく、通りすがる者たちはちらちらと振り返っていた。
そんな視線に気づいてか、キルアはキャップを押さえ目深にかぶり、きょろきょろとあたりを見回した。


「…クラピカはまだ来てねーの?」

「ああ、さっき電話したらもう近くに来てるみたいだったけどな」

「けっ、言い出しっぺが遅刻かよ」


呆れたように肩を竦めながら、銜えていたロリポップの棒に歯を立てた。
ゴンは物珍しそうに、待ち合わせ場所となった商業施設の入り口やその周辺の装飾を見渡していた。


「お洒落な建物だねー。デパートには見えないや」

「ああ、かなり老舗だが内装は何度かリニューアルしてて近代的だけどな」

「クラピカ遅刻すんなら買い物しよーぜ」

「入れ違いになっちゃまずいよ、もうちょっと待ったほうが」

「待たせたな」


突然会話に加わってきた懐かしい声に、三人は同時に振り返った。

そこには、ヨークシンで集合した時と同じ民族衣装を身に纏ったクラピカがいた。
肩口で切り揃えられた金糸の髪、黒いコンタクトレンズに覆われた瞳、中性的な美しい顔立ち。
少し顔色は悪く見え、眼下にうっすらと隈ができているようだった。

あの頃のような気迫とはまた違った雰囲気を纏っている。
三人はそれぞれが同じようにそう感じていたが、それが何のためなのか、この時はまだ気付けなかった。


「クラピカ…久しぶり」


何にせよ、久しく会えていなかった友人の顔を見てそう安堵の溜息とともに名を呼ぶゴンに、


「…相変わらずしけたツラしてんなー、ちゃんと寝てんのかよ」


ただの悪態とも照れ隠しの心配ともとれる科白を吐くキルア。


「ホントだぜ、青白い顔しやがって、どこか悪いんじゃねーか?ただの貧血か?病気とかじゃねーだろーな?」


レオリオは駆け出しとはいえ職業病であるかのような問診を始めかねない。

変わらない、それぞれの違った反応に、クラピカもまた郷愁に似た感情が沸き起こり、ふっと顔をほころばせた。


「いや…最近寝不足でな。病などではないから安心しろレオリオ」

「じゃー何だよ?緋の眼は全て回収したんだろ?まさか蜘蛛か?」


蜘蛛、の単語に、クラピカの黒い瞳が更に暗くなる。
顎に手を当てて、思案するように俯いた。


「…まあ、ここから先は少し長くなる。どこかに掛けて話をしよう」

「おー。じゃあ一階のレストラン街のどっかで良いか?」

「いや、この施設にはフードコートがあるだろう。そこが望ましい」

「へっ?フードコート?」


レオリオはサングラスの奥の眼を点にした。


「…俺とゴンも何度か使ったことあるけどさ、落ち着いて話なんかできなくねー?」


ロリポップを口で転がしながら、キルアが訝し気に言う。隣のゴンも頷いた。
クラピカは軽く頷きながら、スマートフォンを取り出して画面をタップしはじめた。


「ああ…だから良いんだ。ああいう賑やかな場所では誰も私たちの会話に耳を欹てない。
 また人目があるから私も落ち着いて話ができるかと思う…お前たちも」


そう言い、ちら、と目を上げて三人それぞれに視線を配ると、再びスマートフォンの液晶に目を落とした。

やはり、徒事ではなさそうだ。三人の間に緊張の糸が張る。
そんな三人をよそ目に、クラピカは相変わらずスマートフォンの画面をタップしていた。
そんなクラピカを不思議そうに見て、ゴンが尋ねた。


「…誰かに連絡?」

「ああ…ちょっとな」

「てか!なんで俺にだけメアド教えねーんだよ?!教えろよっ!」

「それは断る」

「んじゃLIME!」

「断る」


つかつかと先を進みエントランスの自動ドアをすり抜けるクラピカの後を、レオリオが喚きながらついて行く。
キルアが呆れてため息をついた。


「なーんか、昔と変わんねーな。緊張して損したかな」

「はは…ていうかクラピカ、なんでレオリオにだけメールアドレス教えないんだろね?」

「オッサンの鬼電すげーらしいから鬼メールされんのがウザイんじゃねーの」


苦笑しながらゴンは、そうかも、と言い、キルアと並んで先を行く二人の後について行った。









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「………実は、私は女なんだ」




平日のフードコートは人でごった返している、というほどではないにしても、
子連れやカップル、学生らしき若者たちの集まり、一人で遅めの昼食を取っている者などで
それなりに賑やかで、クラピカの言っていた通りそれぞれが他の客を気にしていない様子だった。



「………うん………」

「………ああ………」

「………まあ………」


ゴンは眉を下げ、キルアはプラスチックカップのコーラを吸うのを止め、レオリオは額に手を当てて俯き。




「「「………知ってたよ………」」」




まるで美しい三重奏を奏でるように、そう声を重ねて頷いた。


今まで欺いてきてすまない、という絞りだすような声の後、
本人としては断腸の思いで告げた真実であったので、クラピカははっと顔を上げ、青白い顔に汗を滲ませた。


「……気付いて、いた、だと………?」


消え入りそうなその声に、ゴンは誤魔化すような笑みを浮かべて頭をかいた。


「ん−……気づいてたけど、クラピカは男の人として振舞っているつもりだったみたいだから、
 黙ってたほうがいいのかなー、って思って言わずにいたんだ。ゴメンね」


キルアは靴を脱いで足を椅子に乗せ、再びコーラを吸った。


「まー、今日び男のフリして旅をする女なんてそう珍しくもないしなー。
 俺も妹と旅してた時に思ったけど、女って何かと不利なこと多いもんな」


レオリオだけは、俯いた顔を上げようとしなかった。


「…いや、女だって薄々気付いてはいたが、お前の口からちゃんと女って聞くまでは男として接しようと決めてたんだ。
 人それぞれ事情はあるからな…正直お前ってあんまりにも強いし、スーツをビシッと着こなしてる時なんか下手すりゃ俺より男前だし、
 やっぱり男なんじゃねーかとも思ったりしたんだけどよ…」


そこまで言うと、レオリオはテーブルに突っ伏した。


「あーっ!良かった!やっぱり女だった!俺おかしくなかったー!!」

「てか、そんなことの為にわざわざ呼んだのかよー?別にいいけどさー、
 俺結構緊張してたんだけど?どうしてくれんの?」


肩を竦めるキルアに、クラピカは少しムキになったように頬を染めた。


「なっ…私としては、偽証は恥ずべき行為だとしながらお前たちを欺いてきたことへの罪悪感と、
 誠心誠意をもってして謝罪しなければならないという気持ちでだな…」

「でもさ、良く考えてみてよ?クラピカは女だとは言ってなかったけど、
 男だと言ったこともなかったじゃん?クラピカは嘘ついてたってことにはならないと俺は思うけど」


いつになく秀逸なゴンのフォローに、レオリオは顔を上げ、それな!と同調した。


「でも、お前って男なの女なの?なんて聞けねーしな、失礼だし。だから今日聞けて良かったわ」

「そうそう、話してくれてありがとね、クラピカ!」

「…ま、またこうして四人で集まる口実になったしな」


そう言って、安堵の笑みをそれぞれ浮かべる四人に、クラピカはたまらなくなって何かを耐えるように眉を顰めた。
黒いコンタクトの端が少し滲む。
それを悟られないように、白い合板のテーブルの上に視線を落とした。


「みんな…ありがとう。そして、すまない…」


尚も謝ろうとするクラピカに、ゴンはまた困ったように笑った。


「だから、謝ることじゃないって!」

「そーだよ、お前今の俺たちの話聞いてたかー?」

「あー、安心したら腹へったわ。何か頼んでこよ」

「そうではない!」


注文をしてこようと立ち上がりかけたキルアが止まり、ゴンとレオリオも声を張り上げたクラピカに驚き、笑顔をひそめて目を丸くした。
クラピカの肩は震えていた。


「そうではないんだ…私の性別のことは、前置きにすぎん」


緊張からか掠れた声で、そう絞り出す。
キルアは柳眉を顰めて再び腰を掛け、ゴンとレオリオも何とはなしに姿勢を正した。

やがて、ゆっくりと、クラピカは顔を上げた。
真実を話すのに、目を見て話さないのは不誠実だと感じるからかもしれない。
しかしその顔は益々蒼白になり、額に滲んだ汗が一筋頬を伝い落ちた。




「私は―――……お前たちに会わない間に、出産している」




賑やかなはずのフードコートが一瞬静まり返ったかのようにさえ感じた。
子どもが駆けずり回ってはしゃぐ声、それを止めようとする母親の声、学生たちの雑談の合間の笑い声が、
遠い隔絶された世界のもののように聞こえた。


「ま………」


一番先に口を開いたのは、レオリオだった。


「マジで………」


再び額に手を当てて俯いたその顔は、最早クラピカに負けず劣らず蒼白だった。


「えっ?で、でもさ、それって」


困惑して上ずった声を上げるのはゴン。


「おめでとう…って言っていいのかな?結婚する?した?ってこと?ねえ」

「いや、ちげーだろ」


キルアは空になったプラカップに刺さったストローを歯で噛み潰した。
その表情は怒りとも何ともつかない色に険しさを増していた。


「そんなめでてー話ならさっさとしてるだろ…真っ先に、産まれる前に知らせてくれたって良いはずだ。
 合意の上で出来た子どもじゃないってことだ。そうだろ?クラピカ」

「どこのどいつだ!!??」


バンッ、とレオリオがテーブルを殴った。
ゴンが咄嗟にテーブルを掴んで念で強度を強化し、テーブルは破壊されるのを免れた。
しかし、張り上げられた声に一瞬でフードコートの空気は変わった。
それまでかけずり回っていた子どもも、その子どもを注意していた親も、
雑談に興じていた学生たちも、一人食事を取ったり勉学に励んだりしていた者も、
全ての人間の視線が一斉にレオリオたちに注がれた。

クラピカは辺りに目配せし、申し訳ないというように頭を下げ、レオリオを制するように手のひらを前に翳した。
ゴンとキルアも唇に人差し指を当てて、レオリオを見たが、当の本人は怒りに震え全くそれらが目に入っていない。


「クソが……絶対殺してやる……」


そうぶつぶつと呪いの言葉を紡ぐようにテーブルに向かっているレオリオに、クラピカは辛そうに眉を歪めた。


「レオリオ…私が何のためにここを指定したと思っている?
 頼むから冷静になってほしい…でなければ私はこれ以上先の話ができない」

「お前こそ…なんでそんなに冷静なんだよ?合意じゃなかったんだろ?中絶は考えなかったのか?」

「…できる状況ではなかった、とだけ言っておく。
 もし私が冷静に見えるのであれば、それは……私が十月十日と三か月をかけて母になったからだろう」


そう言ってスマートフォンを取り出し、三人の顔をそれぞれ見た。
その瞳は震え、不安がありありと宿っていた。


「……子どもの父親もここに来ている。呼んでも良いか?
 というか、呼んでも絶対に大きな声を上げたり乱闘騒ぎになったりしないと、約束できるか?」


ゴンは両手を眼前で組み、ふうっと息を吐き出した。
暴れだしそうな心と身体を必死で鎮めようとしているようだった。
レオリオはテーブルから視線を上げないまま、小さく頭を上下させた。
キルアはストローを噛みちぎって吐き出した。
苛立ちを隠さないが、この四人の中でいざという時最も理性が働く。

クラピカは意を決してスマートフォンの通話ボタンをタップした。
呼び出し音が三人の耳にも届いた。思ったよりも呼び出しに時間がかかる。
クラピカが不審に思い眉を顰めた時、ようやく繋がった。


「遅い。……何?オムツ替えをしていた?貴様、できるのか…
 ならば日頃から積極的にやったらどうなんだ?貴様の子どもでもあるんだぞ?」



―――いやいきなり緊張感なさすぎる会話だな?



レオリオもキルアもゴンも首を傾げそうになったが、向かいに座っているクラピカの視線の動きで、
子どもの父親が背後までやってきたことを察し、場には再び緊張が走った。

三人は、背後の気配に、ゆっくりと振り返った。



「久しぶりだな」



いつの間にか、フードコートには元の賑やかさが戻っていたが、
四人から五人になったこの空間には、再び静けさが下りた。



クラピカが出産した子どもの父親だというその男は、
レオリオもゴンもキルアも、あのヨークシンで一度会いまみえた男。

額に十字の刺青が入った、クラピカにとっては宿敵であるはずの、幻影旅団団長。
クロロ=ルシルフルであった。

クラピカと約束した手前というのもあるが、そうでなくともあまりにも想定外である男の出現に、三人は硬直していた。



「…泣かなかったか?」

「ああ、ここに来るまでずっと良い子にしていたよ」


クロロの腕に大人しく抱かれている、まだ小さな赤子に、クラピカは鈴の鳴るような優しい声で、おいで、と声をかけた。
勿論、まだ自力で母の腕に移動できるよう月齢ではない為、そっと、飴細工を渡すような仕草で、
クロロは優しくクラピカの腕に赤子を下ろした。

腕の中の赤子に、クラピカは見たこともないような慈愛に満ちた笑みを向ける。
すると赤子は、へへへ、と声に出して笑った。
その笑い声に、クラピカとクロロもつられて笑う。
まるで、はたから見ればごくありふれた幸せな家族の姿。

そんな二人と赤ん坊の姿を、一人の大男と二人の少年は信じられないものを見るような目で凝視していた。
その視線に気づいたクラピカは、ばつが悪そうに、再びボックス席のソファに腰を下ろし、赤ん坊の顔が三人に見えるように抱えなおした。



「…この子はパイロ。私と…クロロの間にできた子どもだ」



ごんっ、と鈍い音がフードコートに響いた。

気を失ったレオリオが、テーブルに突っ伏して額をぶつけた音だった。



「「レ、レオリオーーーー?!?!」」



レオリオを挟むようにして座っていたゴンとキルアは叫んだ。
ゴンは半べそをかきながら、レオリオの肩をゆさぶった。


「ずるいよレオリオ!俺も失神したい!!」

「やめろよゴン!この状況でお前まで失神したら俺も泣くからな!!」


ワンワン犬のようになくゴンと、猫のように毛を逆立てるキルア、死人のように動かなくなってしまったレオリオに、
クラピカは、はぁーっと、重いため息をついて頭を抱えた。


「やはり、駄目だったか…最初からマンションで話をすれば良かった」

「俺飲み物買ってきていい?」


唯一顔色一つ変えていないクロロは、喚いている二人と一人には目もくれず、そうクラピカに声をかける。
背後の男に、クラピカはじとりとした視線を投げかけ、好きにしろ、と暗い声で答えた。
クロロはその視線にも声にもたじろぐことなく、笑みすら浮かべている。


「お前は何にする?」

「炭酸の入っていないものであれば何でも」

「オッケー」


クロロがフードコートの一角にあるファストフード店に並ぶ行列へ向かったのを確認すると、クラピカは前に向き直った。
赤ん坊は小さな手でクラピカの金糸の髪の束を一生懸命に掴もうとする為、
その指を解いてかわりに自身の小指を握らせてやる。

そんなことをして子どもをあやしながら、どうしたものか、と途方に暮れてまだ失神している目の前の男の黒髪を見やる。
両隣の少年二人に背中を叩かれ、頬を叩かれ、ようやくはっと目を開けた。
夢から醒めたように、キョロキョロと辺りを見回す。


「おっ、俺はいったい?!はっ!クロロ!クロロはどうした?!」

「レオリオ、頼むから、私の話を聞いてくれないか」


クラピカの切実な声にレオリオは我を取り戻し、前に向き直った。
クラピカは涙こそ浮かべてはいないが、どう責められても仕方がない、というような覚悟を持った表情をしていた。
そんな顔をされてしまっては、もう何も言えない。

レオリオが体勢を整え、静かに己の額を俯き加減にさすり出したのを見て、
クラピカは再び口を開いた。


「…冷静でいられないのは百も承知だ。
 その上で無理を頼もうとしていることも分かっている。
 納得いかないというのなら君が納得するまで説明も言い訳もいくらでもしよう」

「…言い訳なんか聞きたかねーよ。聞きてーのはお前の気持ちだ、クラピカ」


相当痛かったらしい、額をさするたびに顔を顰め、レオリオは神妙な声でそう言った。


「…あいつのことが、好きなのか」


奥歯に物が挟まったような物言いになる。
その質問は、クラピカだけでなく、ゴンとキルアの顔にも影を落とした。
レオリオは続けた。


「…さっきのお前とあいつのやり取りを見てるとな、とても憎しみ合う敵同士には見えなかったわけよ。
 どう見たって普通の夫婦とその間に授かった赤ん坊で、幸せ家族計画だぜ」


レオリオは額をさするのを止め、手を下にずらし、今度は眉間の皺を伸ばす様にさすりはじめた。
クラピカは俯き、母の顔をにこにこと見上げる赤子に目をおとした。
己と同じ、琥珀色をした澄んだ瞳はすべてを見透かすように無垢であった。


「………わからない」


ゴンは手をソファにつき、天井を仰いだ。
キルアは不貞腐れたように視線を斜め下の床に落とす。
クラピカは静かな声で続けた。


「本当に…分からないんだ。この子をこの身に宿してからは」

「…宿してからは?ってことは、その前はやっぱり憎んでたんだよな?」


そうなんだろ?と念を押す様に、レオリオは問う。
これ以上の追求はこちらが躊躇ってしまうような、辛そうな表情を浮かべるクラピカに、
それでもレオリオはその先を問うことが止められなかった。納得がいかないからだ。
あの男の子どもを産むなんて、正気の沙汰ではない。

クラピカは頷いた。


「当たり前だ。同胞の仇として、来る日も来る日も憎く、その思いが風化したことはない。
 そういう意味では、今でも変わらず憎んでいる」

「だったら、なんで…」

「おい、やめろよゴン」


立ち上がりかけたゴンをキルアの手が制した。
キルアの白い肌はいっそう青白く変わっていた。


「思い出させるようなこと言うんじゃねーよ」

「いや、いいんだキルア。話せる範囲で話す。お前たちにはもう隠し事はしないと決めたんだ」


そう言いながら、クラピカの声は震えていた。
気丈にもキルアに笑みを向けさえしたが、強がっていることははた目にも明らかであった。
三人はクラピカの顔を直視することができず、顔を背けた。



「………やつに監禁されていたんだ。その生活の中でこの子を身篭って」

「…もう、いい。わかった。そこまででいい。もう理解した」


クロロに監禁されるくらいなら気高いクラピカは自死を選ぶはずだ。
そうしなかったのは、おそらく自分たち三人の命を後ろ盾にされたからだ。

レオリオはサングラスを外し、目頭を押さえて頭を横に振った。
ゴンは両手で顔を覆ってテーブルに肘をつき、キルアは苦虫を噛みつぶしたような顔で俯いた。


「…でも」


ゴンが手の間から、掠れた声でそう言った。


「なんでクラピカを?それが、団員を失ったことに対するクラピカへの復讐ってこと?
 それで、そんな回りくどいことをする?」


クラピカは首を横に振った。
揺れる髪の毛に、あやしてもらっていると勘違いをしたパイロがきゃっきゃと悦んだ。
この場には不似合いなほど、無邪気な声だった。


「そこが、私にもわからないんだ。
 やつの子どもを身篭った私が絶望するさまを見たいのかとも思ったが、
 身篭ってからというものヤツの優しさはおぞましいほどでな…
 出会った時から何を考えているのか分からぬ底知れない男だが、
 この子が産まれてからというもの益々分からなくなった」

「…そこだけ聞くと、単純にクラピカが欲しかったのかなって気がするな」


頬杖をついたキルアが吐き出すように言った。


「それが愛なのか、盗賊としてのコレクション魂なのかは分からないけど」

「それならば、間違いなく後者であろうな」


クラピカは侮蔑に鼻を鳴らし、奥歯を噛み締めた。


「こんな歪んだものが愛だなんて、私は認めん」

「俺も認めん」

「俺も認めらんないな」

「俺も、認められない…というよりは、理解できないかな」


頬杖をついたままキルアが首を横に振った。


「俺には理解できないけど、そういう愛もあるんだろうなっていうのは…何となくわかるよ。
 どんな力を使ってでも、卑怯な手を使ってでも、何としてでも手中に収めたいっていう愛もあるにはあるんだろ」


俺には理解できないけどね、と再度念を押したうえで、キルアはそう言った。


「その愛ってお前の兄のイルミのことだろう?」

「わーっ!!」


いつの間にか両手にドリンクを持って戻ってきていたクロロが背後からそうキルアに声をかけた。
堪らず身体を跳ね上がらせて叫ぶキルア。
ばっと振り向けば、クロロは訳知り顔でキルアを見下ろしていた。


「なっ、なんでテメーが俺の兄貴と、その事を知ってんだよ?!」

「それはもう、お互い闇の世界の住人なんでね」


キルアが兄が団員であることを知っているのかどうか分からなかったので、クロロは適当に濁した。
片手に持ったドリンクをクラピカに、はい、と渡し、当然のように彼女の隣に腰かけた。
クラピカも当然のように、奥に身体をずらす。


「…イルミのお前に対する執着心と愛情は確かに常軌を逸している。まあ…同情するよ」

「あんたに同情されてもね…」


そう呟いて、うんざりだというようにそっぽを向くキルアに、何か言ったか?とクロロが尋ねた。
キルアはそれには答えず舌打ちした。

そのキルアの舌打ちに、クラピカの舌打ちが重なった。

思わず、一同は顔を上げ、クラピカを注視した。
クラピカの黒いコンタクトの瞳が、更に薄暗くなっているのがありありと見て取れた。


「………クロロ」

「………はい。」


レオリオ、ゴン、キルアの三人がクラピカから視線を外さないのに対し、
クロロはそう名を呼ばれるなり、視線を自分の握っているアイスコーヒーのカップに移した。
隣からの圧が凄すぎて、とても直視できるものではなかったからだ。

おお、クロロがクラピカに敬語使ったぞ?
三人は顔を見合わせ、再びテーブルをはさんだ向かいの二人に視線を戻した。


「…何故、馬茶にしたのだ?」


例えるならばまるで大蛇が地を這いずり回るような響きを持った声で、クラピカは隣に掛ける男を見ることなくそう尋ねた。
クロロは思案していた。一言一句違えることは許されない。
どう答えるのが最善であるかを導き出し、言葉にする必要がある。


「…クラピカがよく飲んでいたなと思ったので」

「授乳中の私はカフェイン入りの飲み物を口にしない。
 普通の理解力があれば確認は不要だと思うが?」

「そう…ですね」

「カフェイン断ちをしている私の隣で貴様は優雅に昼下がりのコーヒーブレイクか…良い気なものだな」

「…すみません」


クラピカから立ち上るオーラは凄まじいもので、それを至近距離で向けられたクロロはすっかり委縮している。あのクロロが、だ。
完全に気圧されているクロロとクラピカを、向かいに座った三人は試合観戦するような面持ちで交互に見ていた。


「貴様は私が妊娠している時からそうだったな…
 私の目の前で平気で玉露入り緑茶を飲むわコーヒーは飲むわ酒は飲むわジビエ料理を食べるわマグロは食べるわ…
 私は特段玉露入り緑茶や珈琲や酒やジビエやマグロは我慢できないほどの好物ではないが、
 それにしても妊婦が過剰に摂取すべきではない飲料や食品や成分についてくらいはきちんと把握しておくべきではなかったのか?
 また、摂取できない私の隣でそれらをこれ見よがしに飲食するというのは一体全体どういう神経をしているんだ?
 良いか?私は睡眠時間を削って子守をし家事をし時には仕事の連絡があればその対応もしているのだ。
 せめていい加減授乳中の私が何を避けるべきでどう過ごすべきかたま〇クラブなりひよこクラ〇なりこっこ〇ラブなり読んで見聞を広めたらどうなんだ?
 それともたかがゴミ出しやたまの皿洗いだけで家事を手伝ってやっているという気になっているのか?
 そもそも手伝うってどういう事?共働きだよね?それでも家事は母親の仕事だっていう訳?
 あるいは今は収入が貴様のほうが多いから養ってやっているんだという気にでもなっているのか?
 だから家事だの育児だのは母親であるお前の仕事だろうって思っているのか?
 ―――という「誤解」をもたらしかねない行動は慎んだほうがいい。ここまでがワンセンテンスだ宜しいか?」


殆ど息継ぎもなしにそうまくしたて、ようやく気が済んだようにクラピカはクロロの様子を伺うように、黙り込んだ。
クラピカのこのワンセンテンス(クラピカ曰く)を紡ぐ間に、クロロはお手上げだとでも言うようにクラピカの前に手のひらを翳し、
まあまあ、だとか、落ち着いて、だとか、それは悪かったと思ってる、だとか言っていたが、彼女の耳にはほぼ届いていなかったらしい。


レオリオとゴンとキルアの三人は目が点になっていた。
そして、やがて顔面蒼白になり、がたがたと震えだす。




―――こ、こわい。怖すぎる…これが世に聞く…




産後クライシス―――…!!




「………違うの買ってきまーす………」


そう蚊の鳴くような声で言い、クロロは再び立ち上がった。
去り行く背中を射抜くような眼光で睨みつけ、男が先ほどのファストフード店を通り過ぎ、スーパーのある方へと消えていくのを見届けると、
クラピカはようやく前に向き直り、ふう、と息をついた。
先ほどまでの総毛だつようなオーラは消えていた。恐らく絶対時間が発動していたのだろう。


「すまない…見苦しいところを見せたな」

「ああ…つーか今のお前に話しかけても大丈夫か?」

「問題ない」



クラピカは右腕にパイロを抱えながら困ったように、左手で額を押さえた。


「産後、苛立ちやすくなっている自覚はあるんだがな…寝不足の所為もあるのかもしれないが。
 やつの一挙手一投足何もかもが気に食わんと感じる瞬間すらあって…」

「そりゃクルタ族の仇である幻影旅団の団長相手なわけだから当然産前からそう感じてるんじゃ…」


レオリオが遠慮がちにそう言うと、クラピカは、そういう意味ではない、と首を振る。


「そうなのだが、こちらが家事に育児に奮闘しているというのに、奴は旅団の会合だとかで日付跨ぐまで飲んできたり、
 そういう事が続くと何故私ばかりが籠の中の鳥のように社会から隔絶されて生活せねばならんのだという気になってしまって…」

「それは監禁された挙句のことなら猶更そう感じて当たり前なんじゃ…」


寧ろ何故そう感じることに罪悪感を抱いているような口ぶりなんだ?と言いたげにキルアが言う。
クラピカが更に強く首を横に振り、左手でばんっとテーブルを叩いた。
腕の中のパイロがびくりと震え、ふえっ、と泣き出しそうになる。


「それもそうなのだが!息子のことはとても愛しいと感じているのに、
 その息子の面倒を見たり赤子と二人きりで誰ともまともな会話もできない己の状況を悲観している、
 私自身の精神状態に、心底失望しているんだ!」


パイロはたまらず、あーん、と泣き出した。

声を張り上げたクラピカは、少し泣きたそうにしているように見えた。
肉体的にも精神的にも疲弊しきっているようだった。
それもそうだろう。憎き仇の子どもを孕まされたと思ったら、今度は育児に追われ自身の置かれた環境を嘆く暇もない。
それでも、あの男の血を引いた子であっても、とても愛しいと感じることができ、血縁上父親であるあの男が傍にいることを赦せるというのは、
一体どれだけの憎しみを殺し、ただ愛情だけを掬い上げるようにすれば、為すことができる所業なのであろうか。

クラピカの左手に、ゴンがそっと両手を添えた。ぎゅっと握りしめる。


「…クラピカ、お疲れさま」


最後に会った時より少し低くなった声が包み込むようにそう言う。


「勉強も、体術も、念能力も、完璧でいっつも全力で努力してて、すごいよね。
 それで家事も育児も全力ってさ、すごすぎるよ。俺は一つのことだけでパンクしちゃうからさー」


そう言ってゴンは照れたように頭を掻いた。


「そーだ、言ってやれゴン!クラピカ、いくらお前が優秀たってな、お前だって人間なんだからよ。
 キャパってものがあんだから、全部を完璧にやってたらいつかパンクするぞ?」


レオリオは腕を組み、うんうんと頷いた。


「ガス抜きしよーぜ、ガス抜き」


キルアは悪戯っぽく笑いながら、人差し指をクラピカに向けた。


「美味いもん食って沢山寝て、ぐーたらしたら良いよ。ストイックすぎんだよオメーは。
 まあ、ぐーたらしてんのが性に合わないんだろうけどさ」

「そうだよ、こっちにいる間だけでも、俺たちもパイロの面倒見たり、色々手伝うし!」

「クロロには文句言わせねーよ?あいつの子でもあるんだからな!
 クラピカ、ちゃんとあいつに話つけておけよ!」


クラピカは三人を眩しそうに見、そしてまた、少し泣きそうな顔をした。
今度は先ほどとは違う感情に、涙を流しそうな顔。


「…ありがとう」


いつの間にかパイロは泣き止み、不思議そうに三人を見つめていた。
クラピカは照れくさそうに笑う。


「実は、今回は…出産したことを告げる為、は勿論そうなのだが……
 無性に、お前たちに会いたくなったんだ」



やっぱり、会いに来てよかった。



そう言うクラピカの微笑みを、少し離れたところからノンカフェインの十七茶のペットボトルを持ったクロロが見つめていた。









to be continued.
20221108.




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