Poker Face
ぽーん、と、ボールが平和を象徴するような弧を描いて、青空をバックに飛んだ。
「もっと本気出せよ」
その呑気なボールをぱしっと受け取って、テリーはつまらなさそうに言った。
額には汗がじんわりと滲んでいる。
照りつける太陽は彼の褐色の肌を更に焦がしていく。
レックはテリーから投げられたボールを受け取ると、それを先ほどと同じスピードと高さで投げ返す。
汗だくになり、自慢のツンツン頭は水分に負けて垂れ始めていた。
レックの表情もまた、鼻のひからびてしまった犬のようにどろんと生気が無い。
「そんなこと言ったってぇーテリーだって別にやる気なさーそーじゃんー」
間延びした声でそう愚痴りながら、レックはがくんと中庭の芝生の上に尻もちをついた。
すると、鋭い早さでボールがレックをめがけて飛んできた。
短く低い叫び声をあげ、間一髪のところでそれを避けるレック。
目を丸くしてテリーを上目づかいに見た。
テリーは、俺はいつだって本気だ、とでも言いたげに、怒ったように腰に手を当ててレックを見据えている。
レックは肩をすくめた。
「こんな暑い中キャッチボールってどーいうことー?
剣に対する情熱はどうしたのよ?テリーらしくもない」
「これはほんのウォーミングアップ。剣はそのつぎだ」
「げ!このうえ剣まで?!てかこれウォームどころかベリーホットですから。
剣技をレベルアップさせたいなら外で実戦でもしてろよー俺のこと巻き込まないでさー」
「おかげさまで平和なもんで、魔物がまるでいないんだよ!
いたって人懐っこい、いい魔物しか…」
「じゃあもうやめちゃえば、剣士なんて」
「俺から剣をとったら何が残る」
「…確かに」
「即納得するな!」
いつの間にかレックの目の前に仁王立ちしていたテリーは、そう怒鳴ってレックの頭をポカンと殴った。
レックの汗でテリーの手が濡れた。
テリーはあからさまに不快そうにする。
レックは笑って、
「そうだ、水風呂浴びよ、水風呂!」
そう、提案した。
「男同士で風呂入る趣味なんてねーんだけどな…」
「俺だってねーよ…」
「誘ったのはおまえだろうが!」
「誘ったとか、誤解されるような言い方やめろよな!」
「そんな馬鹿な誤解すんのはおまえだけだろう、馬鹿!」
「おまえこそだ、アーホ!」
そんな不毛な言い争いが、レイドック城のたっぷりと広い浴室にて繰り広げられる。
誤解云々以前に、この金銀宝石で装飾された華美な浴槽にて、
年頃の男子二人がふざけあっていることの方がよほど嘆かわしい悲しい現実であった。
さんざん言い争った後、どちらからともなく、
そういえば、と何事もなかったかのように別の話題をふり、
争いの火種はいつのまにか湿気り、燃える力を失ってしまった。
そして、どちらからともなく話題が尽き、数秒の沈黙が続いた。
テリーは親しい者と居る時ほど沈黙に安らぎを感じるが、レックがふと、その沈黙を破った。
「なぁテリー、おまえ好きな子とかいる?」
「は?」
テリーは怒ったというより、脈絡のない質問に驚いて、そう聞き返した。
レックのほうを振り返ったが、彼は水滴を湛えている天井をただ見つめるばかりだった。
「好きな子、って、女の子?」
「当たり前だろ。あ、もしかしてテリーってゲイ?」
「そうじゃないけど」
「だよね。もしそうだったら今の状況、テリー的にオイシすぎるよね。
こんなイイ男と一緒に水風呂なんて…」
「アホか」
テリーは笑って前に向きなおったが、レックの質問に答える気配はない。
テリーの肌は小麦色であったが、以前のような冒険者然とした浅黒さはなかった。
レックは、今の彼は旅をすることに以前のような意義や楽しみを見出していないのだと、気付いた。
なおもだんまりを決め込んでいるテリーに、レックはすす、と詰め寄った。
「なぁなぁ、いるんだろ?教えろよぉ」
「いねぇよ馬鹿」
「嘘つけ!このレック様を欺こうたって無駄だ。
あ、もしかして、サンマリーノのビビアンて子?助けてやったんだろ?」
「そんなわけないだろ、助けてやったのは当然のことをしたまでだ」
「じゃあ誰なんだよ?テリーくらいかっこよければ相手の子だって満更でもないんだろ?どうせ」
「なんでそうなるんだよ、意味ないだろ」
それまで、ただ鬱陶しそうにレックの質問を撥ね退けていただけだったテリーだったが、
そこではじめて、少しだけ、声を荒げた。
いつものレックだったら、テリーってばムキになってる、かわいい、などと言って
ますますからかうところだったが、
その声が、声色に反してどこか悲しげだったもおのだから、はたと黙り込んでしまう。
テリーは、黙り込んだレックをちらと見、水面に視線を落とし、
「どんなに持て囃されたって、好きになった子に好きになってもらえなかったら、何の意味もないだろ」
そう、広い浴場にそこだけ小さな空間ができたように、濁りない声で、言った。
レックは、その言葉を咀嚼して頭の中で数回反芻した後で、
「うん」
テリーと同じように水面に視線を落とし、
「その通りだね。俺もそう思うよ」
そう、テリーと同じ声色で言った。
ぴちゃん、と、レックが先程まで見つめていた天井の水滴が、浴槽の水面に波紋をつくった。
「…俺、ターニアのことが好きなんだ」
突然のレックの告白と、その内容に驚いて、テリーは彼を振り返った。
「ターニアって、あの、夢の世界では実の兄妹だったっていう?」
レックは頷いたが、まるで本気で言っているのかどうかわからないような、ポーカーフェイスだ。
「おかしいと思うか?」
ただ、その声だけがいやに真実味を帯びている。
「いや」
テリーは慌てて前に向きなおった。
「でも、俺はアネキがいるけど、そういうふうに見たことなんて、ないからなぁ」
テリーは慎重に言葉を選びながら、そう言った。
眼前の装飾窓からは、レイドックの裏に続く壮大な景色があった。
その、奥の奥にある山の山頂に小さく見えるのが、ライフコッドだ。
「…現実の世界では義理の兄妹だった俺たちだけど、
夢の世界での俺たちは、ターニアの願望のためか、実の兄妹だった。
だから俺は自分の実体を取り戻した時、本当は兄妹じゃないって知って、妙に納得した」
「精神体だけだった頃から、ターニアのことが好きだったのか」
「言いきれないけど、たぶん、そうだったんだと思う」
レックはどことなく申し訳なさそうに、頷いた。
おそらく、ターニアに対してだろう。
テリーはかける言葉が見つからず、そうか、とだけ答えた。
「…どうだ。脈はありそうなのか」
テリーはそう尋ねたが、レックは曖昧に首を横に降った。
「夢の世界での俺たちの関係からして、ないと思う。
ランドのことをちゃんと考えなきゃいけない、みたいなことも言っていたし」
そう他人事のように言うレックに、テリーはますますかける言葉が見つからなくなる。
「ランドって、あのいけすかない野郎か」
「まあ、向こうもテリーのこといけすかない剣士だって思ったと思うけど」
「ほっといてくれ」
そうむくれるテリーに、レックはくすっ、と水面に向かって笑った。
そんな彼の横顔に、テリーは少しほっとし、装飾窓の景色に向きなおった。
そして、少しの間をおいた後に、
「俺、バーバラのことが好きだったんだよな」
と、過去形で言った。
レックは無遠慮に、ええーっと声をあげながら、隣のテリーを振り返った。
顔色ひとつ変えていないテリーに、レックは無遠慮に見入る。
「マジかよ…全然気付かなかった」
「そりゃそうだろ。気付かれないようにしてたからな」
テリーはさも当然とばかりにそう言い放ち、水に顔を半分まで沈めた。
レックはなおも、ええー、とか、そうかぁー、とか、そうだったのかぁー、
と、独り言のように繰り返している。
「…向こうは知ってたの?」
「…さぁ。知らなかったんじゃないか。よっぽど敏感な女でもない限り。
おまえだって、全然気付かなかったんだろ」
「そっかぁ…バーバラは鈍感ではなさそうだけど、
でも多分他の誰も気付いてないだろうし、知らなかっただろうねぇ」
「まぁ、知ってたところでアイツには重荷にしかならなかっただろうしな」
「………」
「こうなること、俺もうすうす感づいてたからさ」
“こうなること”とは、バーバラが現実世界に存在できなくなる、ということだろう。
彼女が目の前で消える時までその実感を持っていなかったレックは、
それを、世界が平和になるその前から感づいていたというテリーに恐れ入った。
テリーはぶくぶくと、水面に吐息の気泡を浮かばせている。
同じだから知っている。
このポーカーフェイスは、ただのポーズだってことを。
本当は、彼女が消えるとき、最後に会うべきはテリーだったんじゃないか。
もしも、俺たちの立場が逆だったのなら。
もう少しは報われるエンディングが用意されていたのかもしれない。
この平和な世界では、不幸は報われにくい。
fin.
20100902
ブラウザバック