俺たちの最終決戦









だだっ広いわ、仕掛けは複雑を極めているわ、
魔物たちはこれまでと比較にならないくらい強いわで、
デスタムーアの居城は、いかにも最終決戦の舞台として相応しい風体と雰囲気を醸し出していた。

先頭をきって仲間たちを先導していくレックは、
上に乗ったとたんに宙に放り投げられる仕掛け床を、
半ばやけくそになって、わーいと声をあげながら踏んでいた。


「あそびにきてるわけじゃないんだから、さっさと先に進もうな」


レックに続いて床に着地したテリーは、そう呆れたように苦笑しながら言った。
特にレックを強く咎めようとしないのは、彼もレックの勇者としての重圧と緊張を理解しているからだろう。
レックがこんな子供のような振る舞いをしているのは、決して最終決戦をお遊びのように考えているから、というわけではない。
きっとテリー以外の仲間たちも、気付いているだろう。

レックはテリーを振り返って、にっと笑った。


「そーだな。遊んでる場合じゃないな。とっとと大魔王をぶっ倒して、
 俺は王子様。テリーは気楽な一人旅に戻る、だろ?」

「一人旅が気楽だなんて言った覚えはないがな」


ふっと息をついて、テリーはどことなく年上じみて笑うと、
口元には笑みを湛えたまま、きっと眼前を見据えた。


「それじゃ、気楽な一人旅に戻る前に、一回くらい甘えさせてもらおうか」


テリーの台詞に、レックは一瞬どういう意味かわからず、きょとんとした。
なんせ、あの一匹狼気取りのテリーの台詞とは思えないような、
人懐こいとすら言えるほど友好的な台詞だったからだ。

しかし、その意味を理解すると、レックは笑みをいやらしく歪め、テリーの肩を肘でつついた。


「いいねー。テリーの口から甘えたいなんて言葉が聞けるなんて。
 やめてくれよぉ、不吉だなぁ」

「からかうのはよせよ。言ってやらんぞ」

「ははは、ごめんごめん。で、なに?」


テリーはほほ笑み、すっと、淡紫の瞳を瞼に隠した。



扉がいくつもある部屋にたどりついた。


「…おーい。いつになったら言ってくれるんだよ。
 デスタムーア出てきちまうぞ」


扉のからくりに何度も惑わされた後、レックはそう、おずおずと尋ねた。
テリーはくすりとほほ笑むばかりで、答えない。


「おーい、テリーさーん。テリー様ー」

「ほんっとうにうるさい奴だな、おまえは」


テリーは呆れたように、声を出して笑った。

最近ではずいぶん打ち解けてきたテリーとはいえ、こんなに彼が笑うのをレックは初めて見た。
レックの背を、冷たい汗が一筋流れる。
もしかして、本当に不吉なことだったりして。

何個目かの扉を開けたとき、ようやく次のフロアに出ることができた。
そこは七色にうねり輝く靄に覆われた、不気味な部屋であった。
時折の雷光を頼りにしか進めないその部屋に、馬車の中とパーティの後方がざわついた。


「レック、俺のこと守ってくれよ」


そのざわめきに隠れるようにして、テリーはそう言った。


「…え」


おそらく、同じ前衛としてテリーの隣にいたレックにしか、聞こえなかっただろう。
雷鳴が響き渡り、僅かだが部屋に光がさした。
七色の霧に包まれたテリーは、そっぽを向いていた。


「…いままで命なんておしいと思わなかった俺が、情けないことに、今、死ぬのが怖い。
 あるいは…死ぬのが、惜しい」


大魔王決戦を目前にして緊張していたレックだったが、
今のテリーはそんな自分よりももっと緊張しているだろうと、レックは断言することができた。
だって、滅多なことではそのポーカーフェイスを崩さない彼の声が、震えている。


「一人旅してたときには、こんなことなかったのにな。
 おまえのせいだぞ、レック」


だからおまえには俺を守る義務があるんだ、責任とれよ。
テリーはそう付け加え、剣の柄を握った。
その手も震えているのを、雷光の狭間にレックは見た。

武者震いしてるの、なんて聞いたら無神経かな。
レックは靄のためかテリーの態度のためか、混乱してくる神経でそんなことを考えた。
だって、もし彼の言葉の意味をはき違えていたら、恥ずかしすぎる。


立ちはだかるサタンジェネラルを、ブースカを、鉄鋼魔人をなぎ倒し、
ついに部屋を出る扉を見つけた時、テリーはふたたび口を開いた。


「答えは!?」


扉に二人の手がかかり、視界がひらけていく。


「は、はい!もちろん!」


扉の先には、狭間の世界を一望できる広い廊下が続いていた。
生ぬるい風が一行の肌を撫ぜ、ある一種の予感を運んできた。


「もしオレの気のせいじゃなければ……大魔王は近いぜ!」


そう言うテリーの横顔を見れば、頬には冷や汗をかいていた。
やっぱり武者震いだったのかな、とレックはやや肩を落としたが、
最終決戦の直前というシチュエイションが、レックの気を大きくさせていた。


「なぁテリー、さっきのって逆プロポーズ?」


レックの大胆というか、決戦間近とは思えない質問に、テリーはふんと鼻を鳴らした。


「馬鹿いえ。男同士で結婚ができるか」


テリーの返答に、そこつっこむところ?とレックは首をかしげたが、
しかし、まぁ、不機嫌になっていないところを見ると、まんざらでもなさそうだ。


「でもぉ、俺が王様になったらレイドックの法律くらいは変えられるしぃ」

「…あのなぁ。どうでもいいが、そういう話は大魔王に勝ってからにしないか」


テリーは呆れてレックを追い越し、ずんずんと先を進んでゆく。

どうでもいいってことないだろ、なんだよぉ、などと反論しながらも、
やはりレックは、テリーもまんざらでもないんじゃん、と気を良くして頬をにんまりとさせていた。
そうだね、二人の将来については、後でまたゆっくりと話し合いましょうか。


緊張はいつのまにかどこかへ吹っ飛んでいたのに、
この妙なハイテンションだけは、もとに戻らない。
きみのせいだぞ、テリー。


「レック、忘れるなよ。俺は絶対に死にたくないからな」

「はいはい。お守りさせていただきますよテリー様。
 一国の王子を家来にするなんて、とーんだ無礼者だよ、きみは」

「言ってろ」

「死ぬのが嫌なら死ぬ気で戦うしかないな」

「矛盾してないか、それ」

「いいだろ矛盾してたって」


死ぬ気で戦っても、死ぬ気がしないだろ?


俺たち二人の関係の決着も、ついにこの大決戦でつきそうだし。









fin.
20100831




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